どうも、ゆきひろです。
今回はテーマを「父親の自覚」として、偉そうに書いてみます。
今時点での考えであり、自身で反芻して更新することもあるかもしれません。
心情の変化も含めて、楽しんでいこうと思います。
親としての自覚に関する男女の差
振り返れば当たり前なのかもしれないが、これからの人もいると思うので、記載してみる。
二人目が生まれてきてくれてから、7ヶ月が経った。
自然と「自分が父親になった」と感じる。
妙な表現だが、聞いてほしい。
長女の誕生
実際、一人目が生まれてから、私は父親という存在になった。
それでも、「父親であるということを自覚しようとする」状態が続いていたと思う。
そして、なんとなくの3人生活が始まる。
ここで注意したいところは、男性としてなんとなくの3人生活が始まってしまう(しまっていた)という点である。
考えてみると、女性は身籠ってから10ヶ月の間「母親になる」ことをより鮮明に意識し、生きていく。
- つわりがひどく、体調が優れない。(1~2ヶ月)
- 食事に気をつけなければならない。(10ヶ月)
- お腹が重たくなってきてからも、転んではいけないという意識。(4〜5ヶ月)
- 育児に関わる勉強を始める(10ヶ月)
- 生まれてきてからの準備を早めに進める。(10ヶ月)
すでに大変。
一方、男性である自分を振り返ると
- お父さん教室に行ってみる(1時間弱)
- 名前を考える(数日)
- 臨月を迎えてからは禁酒する(数日)
- お守りを買い、祈る(1日)
っという具合に、少なくとも私がやってきたことと女性の立場を比較すると明らかに向き合える時間が少ない。
これがいいとか、悪いとかじゃなくて、事実意識しようとしていても、「長くて1ヶ月分」と「10ヶ月以上」では、意識の差はどうやっても生まれてしまう。
大切にしていないわけではない。
実際、自分の子供を始めて抱き抱えた瞬間、非常に軽いと同時に、重いとも感じた。
ただ、自然な父親としての自覚はこの時点では形成されていないだろう。
二人目の誕生
育児休暇を取得し、家事育児の忙しさを体感。
1人で面倒を見るには、到底やりきれないボリュームであることがわかった。むしろ、何を諦めるかを決めないと1日を到底過ごすことができない。
育児休暇を取得できた人と話す機会があったが、同様の認識で、「世の中のお母さんは全員すごい」であった。
この時点で家事育児レベルが上がったとしても、自然な父親としての自覚はまだ形成されていない。
父親として存在はしている。父親っぽいことはしている。
そんな自然に思えるというようなものではないと思う。
1番目の長女がおしゃべりをしだす
3歳にもなるといろんなことを話せるようになる。
冗談を言いあったり、一緒に遊んだり。
本を読んでいて、読み間違えたりすると、長女から指摘が入る。
娘:お父さん間違ってるよ!
私:お父さんは、間違えちゃったね。たまには、お父さんだって間違えるんだよ!
娘:あはは〜〜
こんな感じ。
そして、今は自然に父親としての自覚があるように感じる。
自然な父親としての自覚を形成するための要素
あくまでも、私の認識であり、間違ってるかもしれないが、
第一人称を「お父さん」と言うようになってから、自然に父親の自覚が芽生えたように感じる。
ただ、父親として存在しているだけではなく、
ふわふわしたものがないようなそんな気持ち。
自覚があるから、いいとか悪いとかでもないんだけども、
なんとなく「しっくり」きているそんな感じ。
一人目が生まれてから直ぐに「お父さん」と第一人称で呼んでいたら、もっと早く自覚を持てたのかなぁ?と振り返る。
最後まで言いますが、いいか悪いかはさておき、
これからお父さんになる皆様には、試験的に「お父さん」と第一人称で呼んでみて欲しい!と言うところでした。
2020-01-24 23:22:39 Friday